小学生の頃、習字だけは習いたくない、と考えていました。小学一年生から見て、三年生以上の大きな子供たちがやっている、習字はとてもダークなイメージがあったのです。決してお洒落ではない、習字道具セットを重そうに運ぶ彼ら。黒々とした墨を、手洗い場を黒く染めて洗っている彼ら。そして、服や肌に、黒い墨が付いていたりするのです。

 

習いたくない、汚れたくない、という恐怖の想いすらありました。しかし、そんな子供にも、三年生になれば、毛筆の時間はやってきます。嫌でした。けれども、真新しい習字道具やピカピカ光文鎮はちょっと嬉しかったような気がします。そして、慣れますと、もう全く恐怖ではなくなりました。汚れたらどうしよう、という思いは、汚れて見れば、まあいいか、と言う風に納得できるようです。

 

そして、そのころから、習っていた書道教室でも、硬筆に毛筆をプラスすることになりました。やったことがないからと、怖がっていた事は、やってみるしかありません。汚れない墨や僕儒がありましたらとても良いのですが。小さなころから、汚れてしまう事を恐れてできない事が沢山ありました。

 

泥んこ遊びもその一つです。どことなく、習字に似ています。泥で汚れるのと、墨で汚れるの、私の中では似ているのです。子供には、汚れたら、洗ったらいいんだよ。沢山遊んで帰ったらお風呂ね、と汚れを気にするよりも、楽しく過ごせる人になれるよう声を掛けたいと思っています。